田上家住宅 附板図及び土蔵棟札

ページ番号 T1000898  更新日  令和3年12月20日

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よみ
たうえけじゅうたく つけたりいたずおよびどぞうむなふだ
市指定年月日
平成19年2月22日
所有者
田上智
所在地
高山市丹生川町根方532番地
時代
主屋は明治15年(1882)着工、土蔵は安政6年(1859)
員数

3棟、庭園、門及び塀一式、敷地

日本遺産構成文化財

解説

 高山市丹生川町根方にある農家建築で、田上家当主田上太郎四郎が、明治12年に高山の日下部家住宅を完成させた棟梁川尻治助に依頼して建てさせたものである。着工は明治15年(1882)で、完成までに12年の歳月を要したといわれる。明治15年の年号入りの板図や、川尻治助が使用した大工道具も残されており、建設当初の事情が明らかである。
 主屋は桁行12間半(23.30メートル)、梁間7.5間(13.72メートル)と大規模な農家である。建物は、木造2階建、切妻造、平入、屋根は現在瓦葺きであるが、当初は榑板葺きであったと思われる。主屋正面は真壁のデザインを基調としつつも隅切り窓を入れるなど、近代に入ってからの様式も取り入れているほか、大きく屋根と小庇がせり出し、屋根の軒はせがい造りとしている。出桁を受ける腕木は「雲」と呼ばれる意匠を施した持ち送りが支えているが、これは昭和初期に活躍した、大工稲尾三郎の仕事である。
 玄関を入り土間に立つと、一尺角の大黒柱と、四間ものと呼ばれる松の巨木を使った豪快な梁に圧倒される。右手にマヤ、左手には囲炉裏のあるオエがあり、オエの奥には仏間、そして本座敷という構成になっている。囲炉裏の上は根太天井が設けられている。本座敷からは庭が眺められるようになっており、座敷の上には2階が設けられていない。座敷を最も格上の部屋とする配慮からであろう。本座敷には付書院を持った本式の床の間があり、黒漆塗りの床框、違い棚といった設えがしてある。その他にも欄間の透かし彫りや襖絵など、山間の農家とは思えない贅を凝らした造りとなっている。
 主屋東側に隣接して建つ土蔵は、安政6年(1859)銘の棟札が残されており、屋根葺材はやはり榑板から瓦に改められてはいるが、蔵前の空間を持ち、3間四方の比較的こじんまりとした大きさなどが、当地方の古い様式の土蔵であることを感じさせる。
 当建物は、施主の豊富な経済力を背景に近代までに蓄積された高度な建築技術が十二分に発揮されて作られた建物である。国指定重要文化財「日下部家住宅」とほぼ同じ時期に同じ棟梁によって建築されたものであり、改造も少なく、文化財としての価値は高い。

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