旧吉真家住宅

ページ番号 T1000857  更新日  令和3年12月17日

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よみ
きゅうよしざねけじゅうたく
国指定年月日
昭和52年6月27日
所有者
高山市
所在地

高山市上岡本町1丁目590番地 飛騨民俗村

旧所在地は飛騨市河合町角川

時代
安政5年(1858)以前
員数
1棟
法量など
主屋は桁行13.9メートル、梁間9.4メートル、入母屋造、茅葺。南面下屋附属、板葺。

解説

 吉真家は旧吉城郡河合村角川にあったが、ここは宮川と小鳥川の合流するところで河岸段丘になっている。安政5年の角川地震以後、礎左ヱ門が小鳥川上流の保から移築し、段丘上の中央部に南面して建てられていた。昭和45年11月から半年かけて現在地の飛騨民俗村へ移築している。
 この家は、飛騨でも有数の豪雪地帯にあり、また角川地震に耐えてきただけに、どっしりとした土台、太い柱や梁、桁を用い、構造は簡潔で規則的である。また空間型3間取りの平面や、妻が大きい点では富山県の民家と似ている。
 内部は、中央部オエの大広間を中心にデイとネドコが居室部となり、反対側にマヤとニワがあるという3つの構成になっている。ニワはイロリを切り、作業空間としての役割と炊事場の役割をもっていた。マヤは家畜の排泄物を集めて肥料としたため、地面を低く掘り下げている。広い2階は養蚕の室として使っていた。
 構造は特徴ある架構で、左右側面、特に四隅にあたる柱がのぞき柱(むかい柱とも呼ぶ)によって構成される。これは宮川、古川、国府、河合の各地に例が多くある。通常、上屋と下屋の構造柱を別々に立てるが、この家は下屋部に曲がった柱を立て、この曲った柱の上部で上屋の構成をさせるというものである。この太い柱は栗の股木を使う。
 屋根は破風のコロビ(傾き)が強い入母屋造で、破風口は広く、開口部にムシロを吊るしてある。棟の両端には、中央に「かたもたせ」を高く立て、茅を崩れないように止棒を差す。

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