桐生町万人講

ページ番号 T1000975  更新日  令和3年12月21日

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よみ
きりゅうまちまんにんこう
市指定年月日
昭和30年11月7日
所有者
高山市
管理者
桐生町文化財史跡保存会
所在地
高山市桐生町1丁目293番地
時代
江戸時代(18世紀)
法量など
91平方メートル

解説

 延宝3年(1675)、数万の餓死者をここに埋めたので万人坑と呼び、後万人講と書くようになった。天和元年(1681)に盲人色都が餓死者の供養塔を建てた。
 笠のある大きな石塔は、水難除の祈りをこめて文化14年(1817)に法華寺日在が再建したもの、「南無三世諸仏」とある石塔は、寛政8年(1796)に小八賀郷大谷村の荒川久治が雲龍寺存妙とはかり、大原騒動刑死者の霊を慰めるために建立した。その他お六地蔵、悪女の墓、喚応是誰の墓もある。
 石塔の並んでいるすぐ下手付近が江戸時代の刑場であった。
 ここはまた旧越中街道の道ばたでもあったので、文政11年(1826)谷屋九兵衛が桁行7.3メートル(4間)、梁間5.5メートル(3間)の小屋を建て、その小屋に僧是誰が住んで、道行く人に茶の接待をした。

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