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吉野朝時代の伝説地

ページ番号 T1000976  更新日  平成27年2月10日

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よみ
よしのちょうじだいのでんせつち
市指定年月日
昭和31年4月26日
所有者
滝町遺跡保存会
所在地
高山市滝町下平、塔洞
時代
鎌倉時代(13世紀後半)
法量など
2箇所

解説

楠正成が少年時代学問の師と仰いだ高僧滝覚坊(ろうかくぼう・ろうがくぼう・りゅうかくぼう)は俗名朝正、和田朝盛の4男で、飛騨国滝村に生まれ、幼少のころ遍照寺で修行した。長じて京都に上り後宇多院に仕え、後河内国観心寺中院に寓居し、院の総務となった。
滝村元禄水帳の記載に和田・和田の尾・屋しき・みどのうしろ・塔洞等の地名が見える。津島神社の東北より西南にわたる地域は和田氏の居館跡といわれ、津島神社東南の小丘南下に4基の5輪塔の遺存するあたりは和田氏累代の菩提所遍照寺の旧跡とされている。遍照寺跡より西南に約200メートル離れて塔洞があり、摺鉢(すりばち)観音と俗称する古陶製厨子(ずし)が残されていた。
なお、明治年間山口町町上野で「嗚呼忠臣楠正成」と刻んだ碑石が彫り出され、現在同町桜ヶ岡八幡神社御旅所に奉斎されている。

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