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桐生町万人講

ページ番号 T1000975  更新日  平成27年2月10日

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よみ
きりゅうまちまんにんこう
市指定年月日
昭和30年11月7日
所有者
高山市
管理者
万人講史跡保存会
所在地
高山市桐生町1丁目293番地
時代
江戸時代(18世紀)
法量など
91平方メートル

解説

延宝3年(1675年)数万の餓死者をここに埋めたので万人坑と呼び、後万人講と書くようになった。天和元年(1681年)盲人色都(いろいち)が餓死者の供養塔を建てた。
笠のある大きな石塔は、水難除の祈りをこめて文化14年(1817年)法華寺日在が再建したもの、「南無三世諸仏」とある石塔は、寛政8年(1796年)小八賀郷大谷村の荒川久治が雲竜寺存妙と謀り、大原騒動刑死者の霊を慰めるために建立した。その他お六地蔵、悪女の墓、喚応是誰(かんのうぜすい)の墓もある。
石塔の並んでいるすぐ下手付近が江戸時代の刑場であった。
ここはまた旧越中街道の道ばたでもあったので、文政11年(1826年)谷屋九兵衛が桁行7.3メートル(4間)、梁間5.5メートル(3間)の小屋を建て、その小屋に僧是誰が住んで、道行く人に茶の接待をした。

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