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森宗弘墓

ページ番号 T1000973  更新日  平成27年2月10日

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よみ
もりむねひろはか
市指定年月日
昭和30年8月25日
所有者
森家
所在地
高山市若達町1丁目89番地 雲龍寺裏の墓地
時代
江戸時代(19世紀)
員数
1基
法量など

墓(1基)2重台石、高さ33センチメートル、
標石 高53センチメートル、幅正面28センチメートル、側面18センチメートル

解説

雲龍寺裏山墓地の中腹部に東西6.7メートル、南北4.2メートルの土地を区画し、東北隅に8段の石段を設けた墓域がある。墓域内には大阪屋佐兵衛家の墓が10基建てられているが、正面に「釈道弘処士 釈貞順禅尼」とあるのが宗弘夫妻の墓である。
宗弘は、高山ニ之町森家10代七左衛門宗永の3男邦治の長男に生まれ、ニ之町大佐家の3代目を継いだ。家業の製糸業・酒造業に精励する傍ら、『諸国地震変異録』『ドナチ彗星出現見取図』等の貴重な科学的記録を残した。安政6年(1859年)3月10日京都で没、享年49。
地震記録
安政二年二月一日   白川郷地震記事
安政五年二月二十六日 角川地震記事
安政五年二月二十六日 立山支脈鳶山崩壊絵図
安政五年二月二十六日 飛越国境付近山崩見届図

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