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赤保木石器時代火炉

ページ番号 T1000962  更新日  平成27年2月10日

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赤保木石器時代火炉の写真

よみ
あかほぎせっきじだいかろ
県指定年月日
昭和31年11月14日
所有者
赤保木史跡保存会
管理者
高山市
所在地
高山市赤保木町宮ヶ平23番地
時代
縄文時代中期
法量など
500平方メートル(風土記の丘「古代集落の里」は1万300平方メートルの面積を有しているが、県史跡指定範囲は500平方メートルである。その場所には、縄文時代の復元住居が建てられている。)

解説

遺跡は、見量山山麓にひろがる標高580メートルの小扇状地に立地し、東西200メートル、南北190メートル、面積は約2万平方メートルある。昭和29年客土採掘堀工事中、2基の変わった炉跡が発見された。普通の石囲炉跡と異なり、舟形を呈していた。
1号炉は、扁平な転石を舟形に立てならべてつくった輪郭の内側に不規則な塊状の転石敷きならべ、舳先(へさき)にあたる部分にはほぼ5角形に整形された、上面の平らな、大きな石を置き、石と石との間隙には粘土が充墳されている。
2号炉は、1号炉より東南へ約12メートル離れて掘り出された。石囲炉の一部を破壊されており、長軸は北西から南東の方向を指示する。
付近からは縄文時代中期・弥生時代中期の土器片や各種石器類が発見されるが、炉跡の時期は縄文時代中期に比定されている。堅穴の柱穴や側壁はまったく検出されなかった。
平成3年秋、風土記の丘史跡公園整備に先立ち史跡指定区域西南側隣接部分の発掘調査がなされ、次の遺構が発見された。
縄文時代中期後半の住居址(SB4)1基 弥生時代中期後半から後期初頭の住居址2基(SB2,3)土壙3基(SK1,2,3)、掘立建物址 古墳時代住居址1基(SB1)時期は6世紀で、床面上に甑(こしき)1個、甕(かめ)1個、鉄片、編物石が発見された。
遺物は貝田町式系の弥生土器、S字状口縁甕型土器片が目が引く。SB1のカマドは、3枚の石を組み合わせて構築され煙道もある。
平成4年から5年度にかけ、調査の成果をもとにして復元建物を5棟建てた。縄文時代住居2棟は、史跡指定の炉の直上に推定規模で建てている。古墳時代の住居は遺構の真上に規模、方位とも忠実に建てた。弥生時代の住居と高床式倉庫は、遺構の方位と規模をそのままに南へ約20メートル程移動して建てている。

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