令和8年度特別展

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ページ番号 T1023290  更新日  令和8年7月1日

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岐阜県博物館移動展「飛騨国誕生への道ー土器で読み解く縄文から飛鳥へー」

令和8年度岐阜県博物館移動展チラシ画像

会期:令和8年4月11日土曜日から6月14日日曜日
会場:飛騨高山まちの博物館特別展示室

主催:岐阜県博物館、高山市教育委員会

現在の飛騨地方の原型の「飛騨国」、その確実な史上への登場は、飛鳥時代後半の朱鳥元年(686)です。「飛騨国」は、律令制下において東山道の一国と位置付けられ、美濃国で東山道本道から分岐した飛騨支路によって遠く飛鳥・藤原、そして奈良の都と結ばれていました。この「飛騨国」は、ヤマト政権が律令国家に生まれ変わるのに伴い誕生しましたが、それ以前はどういう状況だったのでしょうか。本展覧会では、縄文時代から飛鳥時代までの出土品から、周辺地域との関わりに注目して「飛騨国」誕生を探るうえで欠かせない資料、なかでも土器に注目して紹介し、改めて飛騨の歴史を振り返ります。
 

令和8年度夏季特別展・市制施行90周年記念「飛騨高山はじめて物語ー華麗なる文明開化の足跡ー」

夏季特別展チラシ画像

会期:令和8年7月11日土曜日から10月12日月曜日・祝日
会場:飛騨高山まちの博物館特別展示室

主催:高山市教育委員会

慶応4年(1868)、江戸幕府が倒れると、日本は明治政府による中央集権国家への道を歩み始めました。新政府は富国強兵をスローガンに、西洋の技術を取り入れて急速に近代化を推し進めました。この大きな時代のうねりは、飛騨のインフラや経済に大きな変革をもたらします。学校、郵便局、銀行、映画館などが作られ、町に電灯が灯り、自転車や自動車が道を走り、離れた相手と電話で会話ができるようになりました。飛騨にも文明開化がやってきたのです。本展では、明治期に始まり今は普通となったその暮らしの、「はじめて」に関連した資料を展示するとともに、飛騨の人々の暮らしの変化を紹介します。

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このページに関するお問い合わせ

飛騨高山まちの博物館
電話:0577-32-1205 ファクス:0577-35-1970
お問い合わせは専用フォームをご利用ください。