浅鉢形土器 附土器残欠・石器類

ページ番号 T1000908  更新日  令和3年12月20日

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よみ
あさばちがたどき つけたりどきざんけつ・せっきるい
国指定年月日
昭和63年6月6日
所有者
高山市
時代
縄文時代
員数
2個、一括
法量など

浅鉢形土器

  1. 高さ9.2センチメートル、口径21.5センチメートル、胴径35.0センチメートル
  2. 高さ6.8センチメートル、口径12.3センチメートル、胴径20.8センチメートル

附 土器残欠、石器類一括

解説

 1は、偏平な円盤状で、口縁部が強く内湾し、底部を中心に同心円状に3段の屈曲を持つ浅鉢形土器である。口縁部に沿って合計40個の円孔がめぐる。胴部の文様構成は、各々の屈曲部に綾杉状の連続刺突文を施して文様帯が区画され、各々の文様帯内には連続爪形文によって三角形とS字状を交互に組み合わせたモチーフが描かれる。胎土には砂粒を含み、外面には赤色顔料および黒色の樹脂状物質が斑状に残される。
 2は1に比べて小型、扁平な円盤状の浅鉢形土器である。口縁部の屈曲は1よりも強く、口唇部は一段高く立ち上がる。口縁部には円孔が等間隔に21個めぐり、強く張り出した胴部以下は、2段の屈曲部を経て丸底状の底部に至る。 
 糠塚遺跡は、高山市街地の南東約2キロメートルに位置し、昭和57年、圃場整備に先立つ発掘調査が行なわれた。本遺品2個は、この調査で、第1号住居跡の床面ほぼ中央から、並列されたような状態で出土した。口縁部が強く内湾し、そこに列孔がめぐる浅鉢形土器は、縄文時代前期後半、関東地方中心に各地でその出土が知られるが、この器種は数量的な僅少さと、1のような精巧な文様表現、胴部が極端に張り出す器形など、該期の他の土器とは異質な用途、役割を持ったものとして注目されている。しかし、全形が推定できる個体は群馬県道木原遺跡、長野県牟礼丸山遺跡出土品などに限られ、この中でも全形が遺存しているものは本例をおいて他にない。
 本遺品は、こうした稀有な遺存状態で、しかも縄文時代前期には関西系の土器が主体をなす中部山岳地西部で出土した点など、当時の地域間交流を示す具体的事例としても注目されるものである。

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