| 年度 | 名 称 | 内 容 |
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| 24 | まち博春の特別展「人と木のかかわり」
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木は飛騨地域に暮らす人々にとって、とても身近な存在です。周辺には豊かな山林があり、暮らしの場面においては、建物や道具など、様々なものが木を材料として作られています。 一見どれも同じように見える木材ですが、よく観察してみると木目や色が一つ一つ異なります。また、重さや硬さなど、様々な違いがあります。人はそれらの特性を活かし、「木」を木材として適材適所利用してきました。 この特別展は、高山の歴史・文化において、人々が木を知り、活かしてきた姿を紹介します。そこには、変化に富んだ「木」という存在とかかわってきた、人々の知識や経験、技術があふれているのです。 城山公園植物標本 木地細工用カンナ |
| 年度 | 名 称 | 内 容 |
| 7 | 原家資料展 平成8年9月14日(土)〜9月29日(日) |
原家の祖は、高山城主となった金森長近の家臣でした。後に正徳元年(1711)初代原屋三右衛門は藩薬の処方として、三十数種の薬を調合し、薬種商「原屋三右衛門」を創業し、飛騨一円から美濃・越中方面と代々幅広く商いを行なってきました。 原三郎は明治29年、高山の薬種商原家に生まれ、後に8代目三右衛門を襲名。金沢医学専門学校卒業後、製薬業界で活躍するかたわら、書画骨董の収集につとめ、特に日本刀についての鑑識眼は卓越しており、刀剣類や関連書籍を好んで収集しました。また郷土の金森氏や田中大秀、赤田臥牛といった著名人物の書跡も多数あります。 今回はこの原三郎のコレクションを中心に、代々の原家に伝えられた資料を展示し、高山の商家の歴史をたどりました。 ※高山市上川原にある国重文松本家は、原三の商家であった。 |
| 8 | 戦時中のやきもの展 平成8年11月2日(土)〜11月4日(月) |
昭和16年東京美術学校(現東京芸大)内に工芸技術講習所が設置され、翌17年高山において出張講習が始まり、22年の夏季をもって終了しました。後に人間国宝となった富本憲吉、加藤土師萌、藤本能道といった方々がその折に来高され、学生と共に渋草窯で、高山の土を使って作品が作られました。 これらの作品や、当時その宿舎となっていた林家に伝わる資料の展示を通じて、これまであまり知られていなかった郷土史の一頁を掘り起こし、その事実をより多くの方に知っていただけたらと企画しました。 |
| 8 | 田中大秀
特別展 平成8年9月14日(土)〜9月29日(日) |
田中大秀は安永6年8月高山一之町の薬種商に生まれ、幼少より学問に秀で、25歳のとき伊勢松阪の本居宣長に入門し国学を研究しました。代表的な著書に「竹取翁物語解」があり、現在でも学会に通用するほどレベルの高い注釈書として有名です。その他たくさんの研究書を著しており、当時の国学者番付においては最高位に位置付けられるほど高く評価されています。 そうした大秀翁を慕って全国各地から入門者があり、そしてまた多くのすぐれた門弟を育てるなど、郷土の教育・文化に与えた影響力ははかり知れないものがあります。 平成8年は弘化4年に大秀翁が没してからちょうど150年にあたり、各種の記念事業とともに、より多くの人にその業績を知っていただけるよう特別展を開催しました。 |
| 9 | 浮世絵展 平成9年10月3日〜10月19日 |
浮世絵とは江戸時代庶民の間で生まれた庶民を描いた絵画や版画をさし、室町から安土桃山時代の土佐・狩野派の風俗画の影響を受け、はじめは遊里・芝居、のちに役者・女性・一般風俗・風景などを描いていました。画題はそれぞれの時代・世相・大衆の心の流動に左右され、時代にあった絵師が登場しては消えていきました。 飛騨に関する浮世絵は、風景では国別の名所絵図に見られる「籠の渡」「乗鞍嶽」、人物では飛騨出身で幕末に活躍した力士「白真弓肥太右衛門」「海軍中佐広瀬武夫」などがあります、今回の展示では、高山市内の個人のコレクションに、郷土館所蔵の飛騨に関する浮世絵を加えて一堂に展示しました。 |
| 10 | 高山祭屋台の装飾 平成10年10月17日(土)〜11月3日(火) |
高山祭の屋台は、彫刻・塗・金具・幕・見送など、技術の粋を結集した多くの装飾が一体となって、まとまりのある独特の形態を構成しています。しかし個々の装飾品について詳しく見る機会は少なく、それぞれの名称や由来などについてもわからないものが多くあります。また改修などで現在は使われていないものや、建造時の設計図や下絵など、普段見ることの出来ないものが各屋台蔵に眠っています。 高山の祭屋台は、各屋台組の人々の努力により守り伝えられ、今日見られるような立派な姿に育てられてきましたが、それだけにどの装飾品を見てもすばらしい意匠が見られます。 今回の特別展では、各屋台の特徴ある装飾品を集め、高山の町人文化を楽しんでもらいました。 |
| 11 | 飛騨と蓮如上人展 平成11年4月20日(火)〜5月5日(水) |
蓮如上人は、本願寺八代として、15世紀の飢餓や疫病の続く戦国の世を民衆と共に、親鸞聖人が明らかにした浄土真宗の教えの再興に尽くし、飛騨へも精力的な教化活動を行ないました。 今回の特別展では、飛騨の各寺院に伝わる歴史的な所蔵品を中心に展示し、蓮如上人の生涯と、飛騨の浄土真宗の歴史と文化をたずねました。 |
| 11 | 朝戸鶯夢収集名品展 平成11年11月13日(土)〜12月5日(日) |
神通寺の住職であった朝戸鶯夢(本名
善友、別号 高山 1858〜1923)は、飛騨の考古学の草創期である明治から大正年代にかけて、各地の考古資料の収集に努めました。それらの収集品には、石鏃、磨製石斧などのほか、六頭石斧や独鈷石、御物石器など、飛騨を代表する著名な石器も含まれています。 今回の特別展は、これらの考古資料が平成7年に県の文化財指定を受けたことを記念して公開しました。またこれら考古資料の他に、朝戸鶯夢が収集した地元の学問・文化人の書画や古銭、古鏡などの名品も一堂に展示しました。 この特別展を通じて、飛騨の考古学や歴史文化に貢献した先人に対して再認識していただきました。 |
| 12 | 高山町人のなりたち 平成12年10月20日(金)〜11月12日(日) |
天正13年(1585)豊臣秀吉の命を受け、飛騨を平定した金森長近は、京都伏見や越前大野等での豊かな町づくりの経験を活かし、城下町高山の建設に着手しました。東西南北の街道が交わるこの商人町の形成に参加した町人の活躍、町人道確立の歴史を、三町の町年寄や商家の資料などを通じて紹介し、さらに明治以降の近代化を経て、現代へと続く町人の歴史を探りました。 |
| 13 | 高山町人の生活 平成13年10月25日(木)〜11月18日(日) |
天正年間の金森氏による高山のまちづくりから、幕府直轄地時代を経て、現代にいたるまで、高山の人々は、山国
の四季の移り変わりの中で日々の暮らしを重ねてきました。 今回の特別展では、祭礼等の年中行事や普段の日常生活などを通じ、四季折々に変わる高山の町人の様々な暮らしの中で使われた道具類を中心に展示し、それらにまつわる人々の暮らしを見ることができるものとしました。また、日々の暮しの中で必然的な要求から生まれてきた用具のうち、町屋の生活における主屋と土蔵を取り結ぶ役割を果たした「箱」に注目し、身近な用具の持つ役割を見てもらいました。 |
| 14 | 土田雪鴻と当時の飛騨画壇周辺 平成14年10月25日(金)〜11月24日(日) ![]() |
自然が豊かで、風光に富んだ飛騨の地には、江戸時代より多くの文人墨客が来遊し、その風景を画幅に遺してきました。彼らとの交流を通じ、高山でも優れた町人画家が輩出し、飛騨の南画の伝統が形づくられていきました。 高山二之町で生まれ育った土田雪鴻(1862〜1906)は、書を長三洲、画を平野五岳に学び、南画では花鳥画、山水画などに特色ある作品を遺しています。代表作の「花鳥図」は明治26年のシカゴ・コロンブス世界博覧会に出品されました。また、書にも優れ、特に篆刻での名声が高いものでした。 今回の特別展では、この郷土出身の画家に光をあてて、その画業、作品、生涯を紹介し、あわせて当時の飛騨の著名な画家の作品の展示を通じて、飛騨の画壇の歴史を回想しました。 |
| 15 | 四代高山城主
金森頼直と大隆寺の遺宝展 平成15年10月24日(金)〜12月14日(日) ![]() |
四代高山城主金森頼直は承応2年(1653)、京都大徳寺塔頭金龍院の末寺として、高山に大隆寺を創建しました。 |
| 16 | 飛騨の画人と工芸家展
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飛騨は自然が豊かな風光明媚な場所として、古来多くの著名な文人墨客が、日本各地から訪れる場所でした。古くは17世紀初頭、慶長年間にまで遡れるようです。それ以来、浦上玉堂や貫名海屋などといった著名な芸術家が当地へ訪れ逗留するなど、中央画壇の絵画や様々な優れた芸術が当地へ持ち込まれました。 また、近世中期、津野滄洲、二木長嘯など地元の裕福な町人は南画を積極的に導入し、町人画家として絵画活動を盛んに行いました。更に、垣内右りん・雲りんなどの京都方面で学んだ円山派の画家による地元での盛んな活動もあり、幕末から明治初めに飛騨の絵画はその全盛期を迎えました。 一方、彫刻では、近世後期に各町内が競い合って求めた結果、谷口与鹿の『唐子群遊』、『手長足長』などの本格的で優れた屋台彫刻が作られ、また末期には松田亮長により『一位一刀彫』の根付彫刻などが大成されました。 本特別展では、本館への寄附資料、購入資料の中から、こうした美術作品を展示し、江戸時代から現代にいたる飛騨の美術、工芸の歴史をたどりました。 |
| 17 | 飛騨匠の技術展 |
飛騨の古代寺院は、伝承地を含めて15ヵ寺が知られ、その内、白鳳寺院は10ヵ寺を数えます。それらの寺院は、都へ徴用された飛騨匠が飛騨へ帰り木工を、都からやってきた瓦職人が膨大な量の屋根瓦を製作して完成しました。 |
| 18 | 金森宗和公没後350年記念 金森宗和展 【同時開催】 市制70周年記念展-70年前の高山市- 平成18年10月6日(金)〜12月27日(水) |
茶道を極めて宗和流を興した金森宗和は、天正12年(1584)金森2代可重の長男として生まれました。「宗和」は後の号であり、最初は「重近」と称しました。しかし、慶長19年(1614)、重近は可重から勘当され、母と共に京都へ移ります。京都では公家衆をはじめ、武家、文人、茶人などと交流を深め、天下に名だたる茶人として知られるようになりました。 平成18年はこの金森宗和の没後350年にあたるため、宗和の遺した茶道具や遺墨、宗和の業績などを紹介し、金森宗和と現代まで続く宗和好みの文化の歴史をたどりました。 また、同時開催として、高山市制施行70周年を記念し、昭和11年の市制施行当時の新聞や祝賀行事に関する資料を展示しました。 |
| 19 | 金森長近公没後400年記念 金森長近展
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戦国の乱世を生き抜き、天正14年(1586)に飛騨国主となった金森長近公は、日本にまたとない名城といわれる「高山城」を築城し、城下町や東西南北にのびる街道の整備、山林・鉱山の開発、産業や文化の振興に力を入れ、その後の高山の繁栄の基礎を築きました。 その長近公の没後400年を記念して、長近公の遺品や金森家の活躍の足跡を紹介し、高山市の都市形成の祖である金森公の歴史をたどりました。 |
| 20 | 飛騨の街道と文化展
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ここ数年来、高山市郷土館には重要歴史資料が多く寄附されました。その中でも、富田礼彦はじめ富田家4代、土田雪鴻、田中半十郎の資料は特筆すべき資料です。特に、富田家資料と土田雪鴻の絵画等は平成20年9月22日付で高山市の文化財に指定されました。 平成20年度の特別展ではこれら貴重な資料のほかに、飛騨の街道に関する資料もあわせて展示し、「政治」「経済」「文化」をテーマに、高山発展の歴史をたどりました。 |
| 21 | 守洞春生誕100周年記念 特別展 守洞春 平成21年7月1日(水)〜平成21年10月12日(月) |
高山は伝統的に版画が盛んな土地です。学校で学ぶ教育版画に始まり、年賀状や飛騨高山現代木版画ビエンナーレにいたるまで、多くの人が版画に親しんでいます。 版画の作成には、現地でのスケッチ、作品の下絵、試し刷りなど多くの工程があり、特にスケッチや下絵については、完成作品にはない作者の悩んだ跡などが分かります。今回の特別展では、守洞春の生誕100周年を記念して、過去に寄贈された多くの資料の中から、特にスケッチや下絵などを中心に、守洞春の画業について振り返りました。
蒙古襲来図(下絵) |
| 23 | 開館記念特別展「高山祭新発見!祭にかける技と心」 平成23年4月11日(月)〜平成23年6月5日(日) |
春と秋に開催される高山祭では絢爛豪華な屋台が曳きまわされ、神輿を中心とした行列が町を練り歩きます。17世紀には山王祭が3年に1度行われており、18世紀の初めには屋台が登場しています。祭の中でも屋台は高山町人が豊かになるとともに莫大な費用がかけられ、木工、鍛冶、漆工、彫刻、錺(かざり)金具、染色・織物など優れた技術がつぎ込まれました。
「雲龍昇天図」高山祭屋台 五台山見送り幕(幸野楳嶺原作)
高山山王祭礼行列絵巻(江戸時代 |
| 23 | 市制施行75周年記念 まち博名品展「花・鳥・名所〜屏風の美〜」 平成23年7月7日(木)〜平成23年10月16日(日) |
屏風は実用品としての機能だけでなく、その大きさや立体的で特徴ある形態から美術作品の表現形態の一つとしても発達してきました。飛騨高山まちの博物館でも様々な屏風作品を数多く所蔵しています。 本特別展では、所蔵している屏風の中から郷土ゆかりの文人・画人による名品を展示し、迫力ある屏風の美をご覧いただきました。
富田豊彦「斐太名所四季図屏風」 清水麓松「花鳥図屏風」 |
| 23 | 平成23年度新蔵資料展「木を活かす−新蔵資料を中心に−」 平成23年12月16日(金)〜平成24年1月31日(火) |
飛騨高山まちの博物館では、郷土の貴重な歴史資料の散逸を防ぐとともに、飛騨の歴史・文化について市内外の方に深く知っていただくために、寄附や購入による資料収集を行っています。 今回の企画展では、近年収集した新蔵資料を中心に、「木」に関する資料を展示することにより、飛騨の歴史・文化に深くかかわる木の活用について紹介しました。
宮田北州「蒔絵硯箱」 「琵琶 銘菅鳥」 |
| 23 | まち博春期特別展「東山三社の至宝−今も息づく祈りと願い−」 平成24年3月17日(土)〜5月13日(日) |
高山市の東山三社(東山白山神社、東山神明神社、錦山神社)は、城下町高山の東に位置し、古くから地域の人々の心のよりどころとなってきました。今回の特別展は、東山三社の歴史資料や祭礼道具、神社に奉納された円空仏等の展示を通して、人々の暮らしの中に今も息づいている神社の姿をご覧いただき、高山の歴史と伝統を伝える営みを多くの方に知っていただけたらと企画しました。
「絵馬 繋馬図」東山白山神社蔵 「神楽台獅子彫刻」東山神明神社蔵
「東講元旗原本大字帋本」(山岡鉄舟書)錦山神社蔵 |
| 24 | 「飛騨の匠 写真展」 平成24年5月23日(水)〜6月16日(土) |
飛騨高山では、匠の技を伝える伝統職人が、様々な業界で活躍しています。そんな伝統職人の魅力を、世界で活躍している写真家の林幸則氏が2年の歳月を掛け撮影しました。 飛騨高山の12名の伝統職人の写真と、その職人の手による作品を展示しました。
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| 24 | まち博夏期特別展「城下町高山いまむかし−絵図に見る城下町高山のあゆみ−」 前期 平成24年7月21日(土)〜9月2日(日) 後期 平成24年9月4日(火)〜10月14日(日) |
天正14年(1586)の飛騨領国以来、金森長近により城下町として形成された高山は、金森氏支配の時代、幕府直轄地時代を通じて、飛騨の中心として発展し、まちは今も江戸時代以来の姿を残しています。 今回の特別展では、『高山城下町絵図』掲載の絵図などを展示し、高山が城下町として形成された当時の姿と、現在の城下町高山の姿をご覧いただきました。
高山城下町絵図
高山町之図 |
| 24 | 平成24年度新蔵資料展「飛騨の暮らしと木」 平成24年12月15日(土)〜平成25年2月3日(日) |
飛騨高山まちの博物館では、郷土の貴重な歴史資料の散逸を防ぐとともに、飛騨の歴史・文化について知っていただくため、寄附受入や購入による資料収集を行っています。 今回の特別展では、平成23年から24年にかけて収集した資料の中から、飛騨の「木」や「暮らし」に関わる資料を展示し、 多種多様な木の道具や、自然の中で誕生した芸術表現などを通して、木や自然とともに生きてきた飛騨人の暮らしを紹介しました。
富田令禾「霧わく山」 橋本和太郎作 木製火鉢 |
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高山市役所 〒506-8555 高山市花岡町2丁目18番地
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